天保 赤城録 国定忠治物語
大戸の関所破り 4
へえ!と一同は大きく応えた。
不満そうなのは日光の円蔵と板割の浅太郎の二人だった。
円蔵は一家の軍師と呼ばれるような文治派。浅太郎は最も忠治のお気に入りを自認している武闘派であり、三ツ木の文蔵は兄貴分だが一家のうちの競争相手でもある。
「くでえようだが、俺も文蔵兄貴と一緒に連れて行っておくんなさい」
と言う浅太郎に、円蔵も重ねて、「親分自らでばらなくたって、文蔵どんと浅太郎。この二人を行かせりゃあ誰が見たって見劣りしねえんじゃねえですかい。ふたりとも名のしれた男だよ」
軍師の円蔵はこの挙に消極的であった。
たまらず浅太郎がもう一度だけ口を出すと、それまで黙って聞いていた忠治が大声で
「おなしこと何度も言わすんじゃあねえ。俺の決めたことだぜ」
と、ピシャリとやられる。
浅太郎は不満そうに拳を畳に打ち付けつつ、平身低頭うつむいた。
「このところ、八州廻りの動きがどうも気に入らねえんだ。村役人達からも、お上の御達しが尋常じゃあねえと言ってきている。お上は売り出し中の国定忠治を眼の敵にしていやがるようなんだ。関八州やくざもんだらけのなのにどういうわけか国定忠治が気に入らねえらしい。今親分に何かありゃあまだまだ国定一家ひとたまりもありやあしやせんぜ」
円蔵が心配顔で忠治に言うと
「この忠治けちに縄張り守っているような二足のわらじ野郎共たあ違うんだ。任侠にゃあその掟があらあ。わが身より仁義大事と生きてえんだよう」
円蔵は諦めたような穏やかな顔になって頷いてから振り向いて、一同をじろりと睨んでおいて
「俺等もそう言う親分だからついてきたんだ。よおく解りやしたお気を付けてお働きなさってくださいやし。甲斐新も才一も親分の事頼んだぜ」
話はついた。
何事もなかったように普段どおりに賭場は開帳すること。
忠治留守の間は日光の円蔵と山王道の民五郎がすべて取り仕切る事と言い合って話は終わった。
日光の円蔵は、忠治の言動・行動に常に役者のような華々しさを見ていた。いまもそうだった、反論は立場上したもののやはり忠治が出てゆかねばならない場面であると感じていた。
しかし、そこに国定忠治の限界の様なものをあわせて感じてしまうのだった。
隣の大親分、忠治にとっては大兄貴、伯父御格の大前田の英五郎のような大人然とした風格を感じない。だが、処世の狡さもなく一本気で花がある。無宿の博徒とはそれでいいんじゃないかとも思うのだった。
やくざは所詮一代限り、後のことなど考えれば欲が出る。欲得なしに仁義を通してそれがやくざであると忠治に教えられそう生きようと思うようになっていた。
貧乏暮らしで、幼くして出家して、仏の教えについて行けず。というか、先輩の坊主達との付き合いにほとほと疲れ、ついに無宿の群れに入った自分だが、今は任侠道を全うしてみたい気持ちになっていた。
旅支度の面々二十人が外に並び、忠治が三和土に置いた腰掛けにこしをおろし、わらじの紐をキュッとひきしぼって振り返って
「円蔵どん、民五、浅、みんな、いってくらあ」
「親分、ご無事で、長兵衛さんの仇、見事にたのんます」
「おお、それじゃあ行くぞ」
笠のあご紐を結んで闇の中へと旅立った。
夜ぴいて歩き続け榛名山をぐるりと回って大戸の関所へ三里ばかりまでやってきたところで夜が明けたのである。
それからさらに一刻ばかり歩いたところで日が随分高くなって、
大戸の関所が遠目に見えてきた。